#儒教 の新書一覧

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孝経 儒教の歴史二千年の旅

孝経 儒教の歴史二千年の旅

橋本秀美

岩波書店/2025-01-25

東アジアで『論語』とならび親しまれてきた『孝経』は,儒教の長い歩みを映し出す鏡のような存在だ.古代における経典の誕生と体系化,解釈学の興亡と皇帝によるテキスト編纂,失われた書物をめぐる日中の学問交流,そして「孝」の教えをめぐるせめぎ合いーー小さな古典から,儒教の大いなる流れをスリリングに案内する.

死とは何か 宗教が挑んできた人生最後の謎

死とは何か 宗教が挑んできた人生最後の謎

中村圭志

中央公論新社/2024-10-21

死んだらどうなるのか。天国はあるのか。まだまだ生きたい。来世で逢おうーー。尽きせぬ謎だからこそ、古来、人間は死や転生、不老長寿を語り継いできた。本書は、死をめぐる諸宗教の神話・教え・思想を歴史的に通覧し、「死とは何か」に答える。ギリシアや日本の神話、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教から、ヒンドゥー教、仏教、さらに儒教、神道まで。浮世の煩悩をはらい、希望へいざなう「死の練習」帳。 ■目次■ まえがき 序 章 物理的な死と来世観の始まり 1 二元論(霊魂説)への懐疑   物理主義と二元論   どちらが説明として優れているか? 2 来世、先祖、転生   霊魂信仰と葬式の起源   来世観よりも切実な葬送の儀礼   先祖という権威   生まれ変わりのモチーフ 3 文学的・思想的な組織化   来世についての語りの進化   思想や情念からの介入 4 脳神経が見せる神秘体験   認知の歪みがもたらす神秘   臨死体験と来世観の関係 PART1 古典的大宗教以前 死の文学と倫理の始まり 第1章 はっきりしない来世 日本神話の黄泉と常世   黄泉、常世、根の国ーー曖昧なる死者の空間   黄泉と死体の恐怖・穢れ 生と死の対決   オルペウスの冥界降り   常世と根の国   現世の延長としての他界? 第2章 詩人の修辞 ギリシア神話のハーデース   多重な《指向的構え》と言葉の巧みさ   死すべき者、人間   ホメロスの語る冥界探訪譚   大事なのはあくまで現世   地獄の先駆形?   ウェルギリウスの冥界ランド 第3章 思想家の正義 密儀宗教とプラトン 密儀宗教ーーオルペウス教団とピタゴラス教団   プラトンの独自な来世観 嬉々として死んだソクラテス 哲学は死の練習? 懐疑主義あるいは不可知論 第4章 神の介入 旧約聖書と終末の待望 古代イスラエル人の歴史   死後の世界シェオール   現世主義に生じた亀裂   終末論のディテール   ゾロアスター教の影響? PART2 一神教の来世観 終末、復活と審判、天国と地獄 第5章 死を乗り越えた神人 キリストの復活 キリスト教誕生の経緯   パウロの思考法   終末観はどうなったか?   死後の来世はどうなった?   死後すぐに実現する救い   死後と終末後ーー肉体の有無 第6章 復讐と大団円 黙示録の世界 「ヨハネの黙示録」ーー 終末のプロセス   黙示録のミーム   千年王国の解釈   「パウロの黙示録」と「ペトロの黙示録」   社会全体の救済 第7章 中間の発見 煉獄とダンテの『神曲』 地獄と煉獄の違い   煉獄誕生のプロセス   地獄・煉獄・天国三分法の文学化   地獄ツアーから始まる   南半球の煉獄山   天動説的な天国と神の至福直観   往生術、免罪符、宗教改革   カトリックとプロテスタントの死闘   『天路歴程』の霊的サバイバルゲーム 第8章 あえて詮索しない来世 ユダヤ教とイスラム教 ユダヤ教徒は死後の話をしない?   イスラム教の来世観   終末の経緯   楽園と火獄の様子   現実社会の掟 PART3 輪廻宗教の来世観 報いとしての転生と解脱 第9章 凡夫と修行者の運命 ウパニシャッドの輪廻観 ヴェーダとウパニシャッド   五火二道説   輪廻説のダークサイド   民衆の信仰 第10章 変化する世界は苦である 釈迦の洞察 王子の悩みと悟り   苦、無常、無我   神話的世界観としての輪廻   『ダンマパダ』の聖句の輪廻的解釈   地獄の責め苦   釈迦の大いなる死 矢の教え 第11章 増殖する地獄界と天界 須弥山世界と『往生要集』 須弥山宇宙の中の輪廻空間   地獄界   餓鬼、畜生、阿修羅、人の境遇  幾重にも重なる天界  仮初の監獄と孤独な囚人たち 第12章 聖域としての浄土 念仏往生と各種の方便 浄土の起源   阿弥陀仏を念ずる   救済のイメージトレーニング   極楽浄土の情景   源信の実践法   念仏至上主義   法華信仰 PART4 古典的大宗教の周辺(パラ)と以後(ポスト) 来世観から死生観へ 第13章 祖先祭祀と不老不死 儒教と道教の来世観 儒教の祖先祭祀   孔子の不可知論   道教の「生への執着」   不老長寿は東洋の錬金術?   仏教の中国化ーー『父母恩重経』と『盂蘭盆経』   仏教か道教か?ーー官僚主義的な地獄ビジョン   不可知論? 祖先祭祀? 不老不死? 十王信仰? 第14章 来世論への禁欲と耽溺 本居宣長と平田篤胤 日本仏教の変容ーー鎮護国家から葬式仏教まで   儒教と道教の影響   「神道」の創出ーー本地垂迹説から国学まで   神道としての来世観の始まり   死後について追究しない?ーー本居宣長   原理主義か懐疑主義か?   幽世から子孫を見守るーー平田篤胤   童子の臨死体験   幽冥界のその後 第15章 オカルトの台頭 近代西洋の心霊主義 一九世紀欧米の心霊主義   なぜ心霊主義が求められたか?   柳宗悦の場合   スヴェーデンボリと神智学   浅野和三郎と宮沢賢治   ニューエイジへ 第16章 死の言説の再構築 死生観と死生学 「死生観」言説の誕生   「武士道」言説と忠君的死生観   戦争で死にゆく者の断裂   死生観のその後   欧米人の死生観   死生学とグリーフケア死の通説を検証する哲学 終 章 現代人にとって死とは何かーー「自然に帰る」の意味 過去の時代のワイルドな来世観   死の問題の回帰   一方では死の覚悟、他方では死者の霊の実感   自然に帰る?   結論 あとがき 参考文献

なぜ論語は「善」なのに、儒教は「悪」なのか

なぜ論語は「善」なのに、儒教は「悪」なのか

石平

PHP研究所/2019-03-27

論語はすなわち儒教のことであるーー日本人の多くにとっての「常識」であろう。ところが、実はそうではない。子供のころ、祖父の摩訶不思議な「教え」から『論語』に接した著者は、のちに儒教の持つ残酷な側面を知り、強い葛藤を抱く。実際の孔子は「聖人」であったのか? なぜ『論語』は絶対に読むべきなのか? 御用教学・儒教の成立と悪用される孔子、朱子学の誕生と儒教原理主義の悲劇など、中国思想史の分析を重ねた果てに著者がたどり着いた答えは、なんと「論語は儒教ではない」というものだった。曇りのない目で孔子の言葉に触れ、『論語』を人生に生かすための画期的な書。 【目次】●序章 私の『論語』体験と、私が見た「儒教の残酷さ」 ●第1章 定説や通念を覆す──孔子とは何者か、『論語』とは何か ●第2章 御用教学・儒教の成立と悪用される孔子 ●第3章 朱子学の誕生と儒教原理主義の悲劇 ●第4章 朱子学を捨て、『論語』に「愛」を求めた日

大人のための儒教塾

大人のための儒教塾

加地伸行

中央公論新社/2018-11-09

924

儒教といえば、四角四面、堅苦しいイメージ。それは江戸時代以来、倫理道徳を強調した朱子学の影響にほかならない。しかし、儒教には、私たちに身近なもう一つの側面がある。たとえば、お墓、位牌、仏壇、そしてお盆やお彼岸といった先祖供養…。これらは本来の仏教ではなく、儒教に由来するものだ。儒教の歴史と展開を辿り、家族のあり方、冠婚葬祭、老後や死の迎え方など、日本人に深く根ざす、儒教のほんとうの姿をやさしく説く。

天皇と儒教思想〜伝統はいかに創られたのか?〜

天皇と儒教思想〜伝統はいかに創られたのか?〜

小島毅

光文社/2018-05-25

8世紀の日本で、律令制定や歴史書編纂が行われたのは、中国を模倣したからだ。中国でそうしていたのは儒教思想によるものだった。そして、江戸時代末期から明治の初期、いわゆる幕末維新期には、天皇という存在の意味やそのありかたについて、従来とは異なる見解が提起され、それらが採用されて天皇制が変化している。そして、ここでも儒教が思想資源として大きく作用した。本書は、その諸相を取り上げていく。

神道・儒教・仏教 ──江戸思想史のなかの三教

神道・儒教・仏教 ──江戸思想史のなかの三教

森和也

筑摩書房/2018-04-27

現代日本人の意識の深層は江戸時代と地続きであることが明らかにされつつある。したがって江戸の思想を支配していた三教ーー神道・儒教・仏教ーーにこそ、我々の内面の問題を解く鍵がある。幕藩体制に組み込まれた仏教。近世の思想界において主導的立場に立った儒教。国学の勃興と明治維新のイデオロギーとして機能した復古神道。これらはいかに交錯し、豊かな思想の世界をかたちづくっていたか。我々の基盤になっている思想の原風景を探訪し、その再構成を試みる野心作。

なぜ日本だけが中国の呪縛から逃れられたのか

なぜ日本だけが中国の呪縛から逃れられたのか

石平

PHP研究所/2018-02-23

大和朝廷が儒教より仏教を重んじた理由とは? 江戸の儒学者や国学者が見つけたものは何か? 文明の独立自尊を守り抜いた、日本人の「知の営み」の凄さ! なぜ日本は、中韓から超絶した素晴らしい国になったのか。その秘密は、中華文明と果敢に対峙しつづけた日本思想史にあった。歴代の中華帝国は「中華文明」を振りかざし、周辺国に圧倒的な影響力を及ぼしてきた。しかし日本だけは、決して呑み込まれなかった。聖徳太子、最澄、空海、伊藤仁斎、荻生徂徠、本居宣長はじめ、日本の偉大な思想家たちは何を考えてきたのか? そして日本人は、いかに「中華」を完全に排除し、世界でも類を見ない日本文明の思想的高みに至ったのか? 実は、中国からやってきた著者にとって、どうにも不可解なことがあった。どうして、江戸時代以前の日本の代表的な思想家はほとんど仏教の世界の人間なのに、江戸時代期に入ってからの代表的な思想家はほとんど儒学者なのか、ということである。この疑問について考えていくなかで、著者は様々なことに気づく。仏教も儒教も、6世紀頃、ほぼ同時に日本に伝わってきたはずなのに、日本人の受容の仕方はまったく違っていた。それはなぜなのか? また、江戸時代に儒教を取り入れていながら、儒教国家であった中国や朝鮮のような国にならなかったのはなぜか? 対中関係という視点から見ることで、日本思想史はこれまでの「日本人の常識」とはまったく違った貌を見せはじめる。北京大学哲学部卒・山本七平賞作家による、独創的かつ驚愕の「日本文明の謎に迫る知的冒険」。 【目次】●序章:思想としての「中華」とは何か ●第1章:飛鳥・奈良時代ーー脱中華から始まった日本の思想史 ●第2章:平安から室町ーー仏教の日本化と神道思想の確立 ●第3章:江戸儒学の台頭と展開ーー朱子学との戦いの軌跡 ●第4章:国学の快進撃ーー日本思想史のコペルニクス的転回 ●終章:幕末と明治ーー儒教の復権と国民道徳の形成

儒教とは何か

儒教とは何か

加地 伸行

中央公論新社/2015-11-25

儒教は宗教というより、単なる倫理道徳として理解されがちだ。古い家族制度を支える封建的思想という暗いイメージもつきまとう。しかし、その本質は死と深く結びついた宗教であり、葬儀など日本人の生活の中に深く根を下ろしている。本書は、死という根本の問題から儒教を問い直し、その宗教性を指摘する。そして孔子以前に始まる歴史をたどりながら、現代との関わりを考える。全体を増補し、第六章「儒教倫理」を加えた。

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