#天皇 の新書一覧

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三笠宮ー昭和天皇末弟の近現代史

三笠宮ー昭和天皇末弟の近現代史

舟橋正真

中央公論新社/2026-07-23

昭和天皇の14歳下に生まれた三笠宮崇仁親王。陸軍参謀として南京に派遣され弟で唯一、戦場を体験し「聖戦」の実態を厳しく批判した。 戦後の象徴天皇制下、東京大学で歴史を学び、実証史学の立場から積極的に発言。建国記念日制定=紀元節復活に反対を唱え「赤い宮様」と称された。 他方で皇族で唯一宮家を維持・拡大させ、昭和天皇、明仁天皇を補佐、戦後の天皇家のあり方を模索・定着させていく。 本書は、三笠宮の軌跡を追うと同時に、皇族の存在とは何かを描く。

天皇への敗北ーシリーズ哲学講話ー(新潮新書)

天皇への敗北ーシリーズ哲学講話ー(新潮新書)

國分功一郎

新潮社/2026-04-17

公布から80年、今こそ日本国憲法を本気で考える。憲法をめぐって紡がれた物語は、国民に浸透しつつも、第二次安倍政権下で危機に直面する。その時、立ちはだかったのは意外な“存在”だったーー。「天皇への敗北」はなぜ起きたのか? その理由を、30年前に物議を醸した「敗戦後論」、昭和の憲法学者と文人の抵抗、戦争責任まで遡って探る。戦後憲法学の試みを近代文学に準え、複雑に絡み合う「天皇・憲法・戦後」の核心に迫る。

嘘だらけの日本近世史 ー皇室から見た江戸時代ー

嘘だらけの日本近世史 ー皇室から見た江戸時代ー

倉山満

扶桑社/2026-02-28

**\天皇の視点で読み解く江戸時代/**通説を覆す「嘘だらけ」シリーズ日本史編、待望の第三弾。 徳川十五代将軍に比べて影の薄かった天皇が、なぜ幕末に突如として絶大な存在感を放ったのかーーその謎に挑むのが本書です。 織豊政権から徳川幕府、尊号事件や紫衣事件といった政治ドラマ、そして光格・霊元・後水尾・孝明といった歴代天皇の動きを手がかりに、江戸時代の皇室がいかに「異質」だったかを明快に解き明かします。 教科書や時代劇が描かない「皇室から見た近世史」を、膨大な史料と最新研究をもとに、読みやすく再構成。象徴天皇制のルーツを知りたい方、幕末・明治維新を別角度で読み直したい方に贈る一冊です。

昭和天皇 増補版 「理性の君主」の孤独

昭和天皇 増補版 「理性の君主」の孤独

古川隆久

中央公論新社/2025-12-23

新時代の風を一身に浴び、民主的な立憲君主になろうとした昭和天皇。 しかし、時代はそれを許さなかったーー。 本書は今まであまりふれられることのなかった青年期に至るまでの教育課程に着目し、政治的にどのような思想信念をもっていたかを実証的に探る。 そしてそれは天皇の実際の振る舞いや政治的判断にいかなる影響を与えたのかーー。 旧版刊行後の約15年で、新たに発見・公開された重要史料や史実を増補。 はじめに 昭和天皇の実像とは  あくまで実証的に  思想形成過程に注目 第一章 思想形成 一 東宮御学問所 生い立ち  東宮御学問所に進学  杉浦重剛の倫理学杉浦の天皇観・国家観  白鳥庫吉の歴史  清水澄の法制経済 二 訪欧旅行 発端  宮中の職制と元老  外遊の成功 三 摂政就任「君臨すれども統治せず」  神格化を否定  皇室改革に意欲  研修活動  立作太郎の外交史  清水澄の憲法進講  明治天皇について学ぶ  生物学を趣味とする  アイドルとなる  牧野伸顕の内大臣就任  政治思想の確立 第二章 天皇となる 一 田中内閣への不信 施政方針を明示  直訴頻発の意味  当時の日課  田中義一首相への不信  優諚問題  中国の主権を尊重  即位大礼  剛毅な昭和天皇像の誕生 二 首相叱責事件張作霖爆殺事件  つのる田中首相への不信感  昭和天皇の政党政治観  張作霖事件の進展  叱責を決意ついに田中を叱責  昭和天皇の発言  田中叱責の意味  道徳的な政党政治を追求 三 ロンドン海軍軍縮条約問題 浜口を激励  反撥する軍令部  鈴木侍従長の対応 統帥権干犯問題  加藤軍令部長の辞意  右翼の宮中 側近攻撃  徳治主義の発露  クーデター未遂 第三章 理想の挫折 一 満洲事変 不拡大方針の挫折  最善を尽くしたか  揺らぐ昭和天皇の権威  連盟との対立を心配  犬養内閣の成立桜田門事件  「日支親善は出来得るや」  心労たまる昭和天皇 二 五・一五事件 政党政治を見放す  秩父宮との対立  連盟脱退へ 本庄侍従武官長の登場  なお協調外交を追求  軍の政治化に批判的 満洲問題   三 天皇機関説事件と二・二六事件 天皇機関説事件  在郷軍人会パンフレットを批判  孤立した昭和天皇  対中融和を追求  牧野内大臣の引退  二・二六事件勃発  即時鎮圧を決意  陸軍 への怒り  本庄武官長辞職  近衛首相に期待 第四章 苦悩の「聖断」 一 日中戦争 盧溝橋事件の勃発  対応の誤り  やつれる昭和天皇張鼓峰事件で陸軍と対立  長期化する日中戦争 二 防共協定強化問題 念書を書かせる  ノモンハン事件と天津租界封鎖問題板垣陸相に激怒  陸相人事に注文  首相の人選を主導  ドイツの快進撃に幻惑される  第二次近衛内閣の成立  三国同盟を容認 三 太平洋戦争開戦 日米交渉に期待  武力行使を強く否定  御前会議で異例の発言  開戦を決断  早期終結を指示  戦況の悪化を懸念  支持を失う東条首相 四 終戦の「聖断」一撃講和論をとる  早期講和論に転換  ポツダム宣言  一回目の「聖断」  昭和天皇の決断  二度目の「聖断」  「聖断」の意図 第五章 戦 後 一 退位問題 東条に責任を転嫁したか  マッカーサーに責任を認める  免責への動き  世論の動向  「人間宣言」  新憲法の制定  『独白録』の意味  退位論  退位せず  改憲再軍備と政治関与  留位の副産物  戦後巡幸  皇居再建の道のり 二 講和問題と内奏 新憲法下の天皇  一九四七年九月の発言  講和問題との関わり  戦後の内奏  内奏継続の意味 三 「拝聴録」への道 後半生の主題は戦争責任  世論調査に見る昭和天皇 二度目の訪欧  沖縄への関心  訪米  中国への謝罪  植民地支配への反省  「拝聴録」作成へ  厭世的になる  崩御 おわりに 理想実現に尽力  旧憲法と国民に裏切られる  君主としての責任を自覚 戦争責任と向き合う    昭和天皇についての研究史 参考文献目録 あとがき 人名索引

昭和天皇 増補版 「理性の君主」の孤独

昭和天皇 増補版 「理性の君主」の孤独

古川隆久

中央公論新社/2025-12-23

新時代の風を一身に浴び、民主的な立憲君主になろうとした昭和天皇。 しかし、時代はそれを許さなかったーー。 本書は今まであまりふれられることのなかった青年期に至るまでの教育課程に着目し、政治的にどのような思想信念をもっていたかを実証的に探る。 そしてそれは天皇の実際の振る舞いや政治的判断にいかなる影響を与えたのかーー。 旧版刊行後の約15年で、新たに発見・公開された重要史料や史実を増補。 はじめに 昭和天皇の実像とは  あくまで実証的に  思想形成過程に注目 第一章 思想形成 一 東宮御学問所 生い立ち  東宮御学問所に進学  杉浦重剛の倫理学杉浦の天皇観・国家観  白鳥庫吉の歴史  清水澄の法制経済 二 訪欧旅行 発端  宮中の職制と元老  外遊の成功 三 摂政就任「君臨すれども統治せず」  神格化を否定  皇室改革に意欲  研修活動  立作太郎の外交史  清水澄の憲法進講  明治天皇について学ぶ  生物学を趣味とする  アイドルとなる  牧野伸顕の内大臣就任  政治思想の確立 第二章 天皇となる 一 田中内閣への不信 施政方針を明示  直訴頻発の意味  当時の日課  田中義一首相への不信  優諚問題  中国の主権を尊重  即位大礼  剛毅な昭和天皇像の誕生 二 首相叱責事件張作霖爆殺事件  つのる田中首相への不信感  昭和天皇の政党政治観  張作霖事件の進展  叱責を決意ついに田中を叱責  昭和天皇の発言  田中叱責の意味  道徳的な政党政治を追求 三 ロンドン海軍軍縮条約問題 浜口を激励  反撥する軍令部  鈴木侍従長の対応 統帥権干犯問題  加藤軍令部長の辞意  右翼の宮中 側近攻撃  徳治主義の発露  クーデター未遂 第三章 理想の挫折 一 満洲事変 不拡大方針の挫折  最善を尽くしたか  揺らぐ昭和天皇の権威  連盟との対立を心配  犬養内閣の成立桜田門事件  「日支親善は出来得るや」  心労たまる昭和天皇 二 五・一五事件 政党政治を見放す  秩父宮との対立  連盟脱退へ 本庄侍従武官長の登場  なお協調外交を追求  軍の政治化に批判的 満洲問題   三 天皇機関説事件と二・二六事件 天皇機関説事件  在郷軍人会パンフレットを批判  孤立した昭和天皇  対中融和を追求  牧野内大臣の引退  二・二六事件勃発  即時鎮圧を決意  陸軍 への怒り  本庄武官長辞職  近衛首相に期待 第四章 苦悩の「聖断」 一 日中戦争 盧溝橋事件の勃発  対応の誤り  やつれる昭和天皇張鼓峰事件で陸軍と対立  長期化する日中戦争 二 防共協定強化問題 念書を書かせる  ノモンハン事件と天津租界封鎖問題板垣陸相に激怒  陸相人事に注文  首相の人選を主導  ドイツの快進撃に幻惑される  第二次近衛内閣の成立  三国同盟を容認 三 太平洋戦争開戦 日米交渉に期待  武力行使を強く否定  御前会議で異例の発言  開戦を決断  早期終結を指示  戦況の悪化を懸念  支持を失う東条首相 四 終戦の「聖断」一撃講和論をとる  早期講和論に転換  ポツダム宣言  一回目の「聖断」  昭和天皇の決断  二度目の「聖断」  「聖断」の意図 第五章 戦 後 一 退位問題 東条に責任を転嫁したか  マッカーサーに責任を認める  免責への動き  世論の動向  「人間宣言」  新憲法の制定  『独白録』の意味  退位論  退位せず  改憲再軍備と政治関与  留位の副産物  戦後巡幸  皇居再建の道のり 二 講和問題と内奏 新憲法下の天皇  一九四七年九月の発言  講和問題との関わり  戦後の内奏  内奏継続の意味 三 「拝聴録」への道 後半生の主題は戦争責任  世論調査に見る昭和天皇 二度目の訪欧  沖縄への関心  訪米  中国への謝罪  植民地支配への反省  「拝聴録」作成へ  厭世的になる  崩御 おわりに 理想実現に尽力  旧憲法と国民に裏切られる  君主としての責任を自覚 戦争責任と向き合う    昭和天皇についての研究史 参考文献目録 あとがき 人名索引

倭の五王たちの真実 - 『日本書紀』が仕掛けた壮大なミステリー -

倭の五王たちの真実 - 『日本書紀』が仕掛けた壮大なミステリー -

伊藤雅文

ワニブックス/2025-12-09

今から約一六〇〇年前の西暦四二一年に、倭王の讃が建国されたばかりの中国南朝の宋に使いを送りました。その後、約六〇年のあいだに、讃、珍、済、興、武という計五名の倭王が宋に遣使朝貢したことが中国史書の『宋書』に記されています。それは、当時の日本が中国王朝の冊封国となっていたことを意味します。「倭の五王」の正体を実質的に「日本の五天皇」と考えてよいのでしょうか? 現代日本の一般的な認識では、「可」とされるでしょう。しかし、七世紀末葉の六八一年に日本最初の正史となる国史編纂(「日本書紀』)を命じた天武天皇にとって、それは「否」だったのです。 当時はすでに、「日本」という国号や「天皇」という称号が用いられていたと考えられています。そして、天武天皇も「倭の五王」が「日本歴代の五天皇(五大王)」である事実は知っていたはずです。しかし、天武天皇が求めた国史は、完成時点でそれまでの日本の歴史を確定させることになる「正史」です。そのなかに、五世紀のこととはいえ、日本が中国の冊封国であった事実を明記することは、決して容認できるものではなかったのです。 『日本書紀』には倭の五王の遣使朝貢について一言も記されていません。五王の存在時期と天皇の在位期間は決して整合しないように改変され、誰が讃で、誰が珍であるかという特定ができないようになっています。 すなわち、倭の五王は強い意志によって隠蔽されたとみることができるのです。そのように考えれば、「倭の五王」は『日本書紀』が仕掛けた日本古代史の壮大なミステリーだといえます。本書はそのミステリーに大胆にメスを入れる、画期的歴史書です! 【著者プロフィール】 伊藤雅文(いとう・まさふみ) 昭和34(1959)年、兵庫県揖保郡(現・たつの市)生まれ。広島大学文学部史学科西洋史学専攻卒業。歴史研究家。大阪よみうり文化センター講師を歴任。古代史系YouTuberとして《古代史新説チャンネル》(日本書紀の界隈/邪馬台国の界隈/古墳の界隈)を好評配信中。全国邪馬台国連絡協議会会員。邪馬台国の会会員。著書に『ヤマト王権のはじまり』『邪馬台国は熊本にあった!』(共に扶桑社新書)、『古代天皇たちの真実』『日本書紀「神代」の真実』『検証・新解釈・新説で魏志倭人伝を読み解く』(共にワニブックスPLUS新書)など。 発行:ワニ・プラス 発売:ワニブックス

新左翼と天皇 ーー炎と爆弾の時代

新左翼と天皇 ーー炎と爆弾の時代

井上亮

筑摩書房/2025-10-08

六〇年安保闘争、六〇年代末の全共闘運動、七〇年安保、七〇年代から八〇年代の成田空港反対の三里塚闘争では、反天皇制が主要なテーマになることはなかった。ところが昭和から平成の天皇代替わりに、新左翼の各セクトは封印を解き、反天皇制を最大のテーマに掲げて、炎と爆弾によるゲリラ闘争を展開した。内ゲバと市民を巻き込むテロに突き進んだ彼らの無謀な作戦、それに対する警備・公安警察。本書は暴力闘争の徒花を、現代史の一側面としてまとめる試みである。

日本の後宮 天皇と女性たちの古代史

日本の後宮 天皇と女性たちの古代史

遠藤みどり

中央公論新社/2025-08-21

男性君主のために集められた女性たちと、彼女らが住む空間を指す後宮。天皇家の安定した皇位継承のために創られた。平安時代初期、桓武天皇、嵯峨天皇には各々35人、45人に及ぶ皇子女がおり、そこには彼らを産んだ20人以上の妃・夫人・嬪・女御・更衣という後宮=キサキたちがいた。日本では、男子禁制ではなかったが、中国由来の制度の影響を受け変貌していく。本書は起源から平安末期までの歴史を追い、制度とその実態を描く。

側近が見た昭和天皇 天皇の言動でたどる昭和史

側近が見た昭和天皇 天皇の言動でたどる昭和史

北野隆一

幻冬舎/2025-07-30

開戦、退位、戦争責任、憲法、日米安保…… 「本音」ではどう思っていたのか? 戦後80年 昭和100年 いま明らかになる人間・昭和天皇の実像 開戦、退位、戦争責任、憲法、日米安保……戦前・戦後の重要局面で、昭和天皇は本当は何を思い、何をしたかったのか。 昭和一一年から一九年まで侍従長を務めた百武三郎による「百武三郎日記」や、昭和二三年から二八年まで宮内府・宮内庁長官を務めた田島道治による「拝謁記」など、近年立て続けに公開された天皇の側近による記録には、天皇の肉声がリアルタイムで綴られている。これら新史料を丹念に読み解き、人間・昭和天皇の知られざる姿に迫る、もうひとつの昭和史。

日本終戦史1944-1945 和平工作から昭和天皇の「聖断」まで

日本終戦史1944-1945 和平工作から昭和天皇の「聖断」まで

波多野澄雄

中央公論新社/2025-07-23

泥沼化する日中戦争、太平洋を挟んだ日米戦争、東南アジアでの日英戦争、原爆投下、敗戦前後の日ソ戦争。 米中英ソとの複合戦争はいかに推移し、幾多の和平・収拾策にもかかわらず、なぜ早期に終戦できなかったか。 他方、本土決戦を目前に、なぜ「聖断」で終戦が可能となったか。 最新研究を踏まえ、昭和天皇・近衛文麿・木戸幸一・鈴木貫太郎らの肉声で辿り、第2次世界大戦の結末を巨細に描く。「狂気の時代」の真実に迫る。 【目次】 まえがき 序 章 「複合戦争」の終わらせ方 「明るい戦争」  帝国陸海軍の作戦計画  「対米英蘭蒋作戦計画」と戦争終結構想  本書のねらい 第1章 太平洋戦線 陸海軍の戦略論争  ガダルカナル攻防戦  日独協力の対英戦略西アジア攻勢の政戦略  「絶対国防圏」ーー対米戦略の重視  サイパン殉国の歌ーー太平洋戦線の転機  「捷号」計画の破綻ーーフィリピンの放棄  沖縄から本土へ  長期消耗戦へ 第2章 大陸戦線 中国戦線の行き詰まりーー重慶攻略の難題  「帝都空襲」の衝撃  「五号作戦」(四川進攻作戦)の挫折  重光の「和平構想」ーー「対支新政策」  「大東亜国際機構」構想  大東亜宣言と戦争目的の再定義  理念的アプローチの功罪  対中和平工作  「容共」政策への傾斜  繆斌工作の挫折  大陸戦線の結末ーー一号作戦の展開  インパール作戦  一号作戦と共産軍の成長  中国戦線の結末 第3章 徹底抗戦と徹底包囲 決号作戦計画ーー本土「最終決戦」  「天の利、人の和」ーー「国民総武装」の功罪  特攻と天皇  特攻の戦果  沖縄戦と戦艦大和特攻  大空襲の広がり  海上交通破壊の威力ーー機雷と艦砲射撃  ダウンフォールーーオリンピック・コロネット作戦  南九州の防備  抗戦力の源泉 第4章 和平論のゆらぎーー小磯内閣の退陣 東條体制の崩壊とその後  三つの和平論  「近衛グループ」の和平構想  「真崎グループ」の即時和平論  「皇道派政権」構想の挫折  近衛拝謁の意味  近衛上奏と対米和平  グルー演説と上奏文の国際認識  近衛内閣案の挫折  高木惣吉の終戦研究近衛の米内留任論  木戸の「聖断」構想  小磯と「大本営内閣」案  小磯の辞意  米内の残留  小磯の「現役復帰」提案  小磯退陣と陸軍中堅層 第5章 鈴木内閣と終戦政略 鈴木首相の終戦指導  組閣と陸軍  米内留任と東郷の再入閣  陸軍中堅層の対応ーー「バドリオ」内閣?  本土決戦論  「決号」作戦計画と対ソ外交  六巨頭会談方式の確立  三つの対ソ交渉方針  「日ソ支」提携構想  広田・マリク会談  ソ連外交の「自立性」  鈴木の対米メッセージ  大東亜大使会議宣言の意味  戦争の争点を超えて  「無条件降伏」の拘束  ダレス工作とグルー声明  無条件降伏と国体問題  「平和の海」演説の波紋  非常時議会の意味  小野寺工作とヤルタ会談 第6章 「国策転換」の国内政治 近衛と米内の連携  六巨頭会談の硬直化と打開工作  高木の「研究対策」  阿南・米内会談の流産  六相懇談会  革新官僚グループの「本土徹底抗戦論」  「非常大権」発動論と議会  最後の「戦争指導大綱」  戦争目的としての「国体護持」と「皇土保全」  革新官僚の論理  木戸のイニシアティヴ  「時局収拾対策試案」  阿南の説得  六月二二日の御前会議  高木の「研究対策」の意味 第7章 近衛特使とポツダム宣言 対ソ交渉と国内危機  近衛特使への期待  スターリン宛親書とソ連の回答  近衛グループの和平交渉案  高木の和平交渉案 外務省の和平交渉案  「瀬戸際外交」ーー最後の特使派遣交渉  和平の基礎としての大西洋憲章  ポツダム宣言の形成  ポツダム宣言と「有条件講和」  「黙殺」と「敵の謀略」  カイロ宣言の「黙殺」  対ソ交渉の行き詰まり  原爆とポツダム宣言ーー投下は必要だったか 第8章 二つの「外圧」と「聖断」 原爆と広島の惨状  ソ連参戦の衝撃  「四条件」 論争  総辞職の危機  「聖断」シナリオの浮上  近衛と重光  木戸と鈴木のシナリオ  第一回聖断ーー八月一〇日  受諾電の修正  情報局総裁談  陸相告示ーー「全軍将兵に告ぐ」  外地軍の抵抗  「天佑」論の背景 第9章 戦争終結 バーンズ回答  外務省の解釈  バーンズ回答と陸軍  「総辞職」の危機  天皇の意志  少壮幕僚の「兵力使用計画」  バーンズ回答の「内政不干渉論」  第二回聖断ーー八月一四日  阿南陸相と「クーデター」計画  終戦詔書と玉音放送  「大詔を拝して」  「国体護持」の自己認識  支那派遣軍の「降伏」 国民党軍と日本軍の協力  中ソ友好同盟条約と共産党軍の満洲占拠  「現地定着」方針の挫折  「以徳報怨」の波紋  日ソ戦争の展開  北海道占領計画と千島 終 章 敗戦の意味 「聖断」の活用  国体のゆくえ  終戦のタイミングと決断の要因  植民地帝国の終戦  日米同盟の起源  なぜ「複合戦争」に陥ったか あとがき 参考文献・資料一覧 日本終戦史 関連年表

室町史の新論点 混沌の時代を読みとく研究最前線

室町史の新論点 混沌の時代を読みとく研究最前線

渡邊 大門

星海社/2025-06-18

室町時代の混沌を最新研究で解き明かす! 三代将軍足利義満の栄華から応仁の乱を経て戦国時代へと突入する約100年間は、政治・社会の矛盾が顕著に現れた激動の時代だった。南北朝時代初期の足利一門の軍事制度、幕府の家格、守護の権力拡大が複雑に絡み合い、戦国時代への道を開く。天皇継承を巡る「正統」の争いは幕府の介入によってさらに複雑化し、後土御門天皇の葬儀が遅れる悲劇も生じた。一方、荘園の衰退で地方へ下向した公家は和歌や古典をその他に伝えた。また、コシャマインの戦いは蝦夷地を決定的に変容させた。本書は、気鋭の中世史研究者たちが最新の研究と史料をもとに、室町時代の混沌を鮮やかに解き明かした論稿集である。 *本書目次 はじめに 論点1 南北朝動乱初期に軍事制度はなかったのか? 漆原徹 論点2 室町幕府の家格とはどのようなものだったのか 小久保嘉紀 論点3 室町殿はなぜ明から日本国王に冊封されたのか 秦野裕介 論点4 室町殿御分国と東国との「国堺」はどのような役割を果たしたのか 花岡康隆 論点5 “京都の警備担当”室町幕府侍所とはどのような存在だったのか 松井直人 論点6 室町幕府と鎌倉府はどのような関係にあったのか 亀ヶ谷憲史 論点7 政治都市鎌倉は鎌倉幕府の滅亡とともに衰退したのか? 駒見敬祐 論点8 「守護」とは何か 今岡典和 論点9 隣国守護の役割と活動 川岡勉 論点10 安芸・若狭武田氏は甲斐武田氏に比べマイナーか 笹木康平 論点11 コシャマインの戦いと武田信広 新藤透 論点12 室町期の荘園制はどのようなものであったのか 廣田浩治 論点13 室町時代の天皇はどのように継承されたのか 秦野裕介 論点14 後土御門のたび重なる苦悩となかなか挙行されなかった葬儀 渡邊大門 論点15 室町期の公家が地方に下向した実像を探る 渡邊大門 おわりに

宮内庁長官 象徴天皇の盾として

宮内庁長官 象徴天皇の盾として

井上亮

講談社/2025-05-21

戦後の日本国憲法下では天皇は政治的権能を失い、側近が政治的影響力を及ぼすことはなくなった。内大臣は廃止され、侍従長も純粋な天皇の秘書役となる。侍従職は御璽・国璽を管理するが、天皇の国事行為に関与することはありえなくなった。オクはまさしく政治の舞台から退場し、宮中の奥に収まったのだ。  (中略)  敗戦後しばらくは天皇に反発する国民も少なくなかったが、世論の大多数は天皇制を支持した。政治的権能は失ったが、精神的権威としての天皇は存続した。天皇は戦後の日本社会でも大きな存在でありつづけた。昭和の戦前戦中期に軍などの勢力にその権威が利用されたように、日本国憲法の下でも内閣その他の政治勢力によって天皇の権力(形式的ではあるが)と権威が利用される危険性は残ったのだ。  昭和の亡国の歴史をくりかえさないためにも、天皇の政治利用は絶対に阻止しなければならない。ある特定の政治勢力に利用されていると国民が受け止めれば、国民統合の象徴としての信頼と権威は瓦解し、天皇制の存続も危うくなる。  そのための「盾」として、重要な役割を担うことになったのがオモテを仕切る宮内庁長官である。宮内庁は内閣の下にある官庁だが、天皇を政治的、恣意的に利用しようとする動きがあれば、内閣といえどもその指示に抵抗しなければならない。ある局面では政府から超然とする必要があり、その気概が求められる。宮内庁長官はむずかしい職務である。  (中略)  象徴天皇制での宮内庁長官は2025(令和7)年初めの時点で歴代10人を数える。  (中略)  象徴天皇制が実施されておおよそ80年。この間に生じたさまざまな課題にたいして、各時代の長官はどう対処してきたのか。それを俯瞰することで、象徴天皇の形成過程とあるべき姿が浮かび上がってくると思う。(プロローグより)

歴史のダイヤグラム<3号車>

歴史のダイヤグラム<3号車>

原武史

朝日新聞出版/2025-04-11

昭和天皇、吉田茂、石橋湛山、谷崎潤一郎、三島由紀夫、美空ひばり……あの人と鉄道の意外な接点時刻表から近現代史を読み直す鉄道が運んでいるのは、人と荷物、そして過去から未来への「歴史の瞬間」昭和天皇の御召列車が抱えていた警備上の重大な弱点、酩酊して乗り過ごした吉田茂が熱海で迎えた悲惨な朝、石橋湛山の政治生命を短くした窮屈な寝台車、若き日の美空ひばりが愛した夜行列車ーー。朝日新聞土曜別刷り「be」の好評連載、待望の書籍化最新刊!●目次より第一章 時刻表から読み直す、あの事件血盟団事件と常磐線 幻に終わった宇垣一成内閣  韓国で知った昭和の終わり 一冊の週刊誌が変えた運命 岡田嘉子、ソ連に亡命す 第二章 皇族も政治家も、みんな鉄道を使っていた吉田茂、熱海まで乗り過ごす 昭和天皇、天城山に登る 佐藤栄作と峠の釜めし 3等寝台に乗った石橋主将  高松宮と近衛文麿の密談 第三章 作家が愛した路線神風正一の声、どこでも 能登の廃線、清張の世界 「邪宗門」に描かれた神部駅 幸田文、運転台に乗る 美空ひばりと夜行列車 三島由紀夫の「牡丹」 第四章 あの日の駅弁、思い出の車輛小淵沢、駅そばとの再会 傷痍軍人と授乳女性と 谷は「や」か「たに」か 線路は狭軌か国際標準軌か 修善寺駅の「あじ寿司」 第五章 旅情の記憶旧生駒トンネルの光と影 新幹線で長崎が失ったもの 夕刻の鶴見線、車内は社内 「ただいま」は「まもなく」? 幕張駅と大学との別れ ●著者の言葉 先日、東京駅から新幹線に乗る機会があった。ホームを見回してみると、列車の扉の前に並んでいる外国人の家族や夫婦などの姿がやたらと目についた。英語、中国語、韓国語など、さまざまな外国語があちこちから聞こえてくる。目を閉じてしまえば、一体どこの国にいるのかわからなくなるほどだった。二〇二〇年代に入って世界を巻き込んだコロナ禍が収まるにつれ、インバウンドの波が再び日本にも及んできた。二〇二四年の年間訪日外客数は約三千六八七万人で、コロナ禍前の二〇一九年を約五〇〇万人も上回り、年間過去最高を更新した。この傾向は、これからも当面続くものと見られている。外国人にとっての日本の魅力の一つは鉄道だろう。とりわけ日本で車を運転できない外国の観光客にとって、鉄道ほど頼りになる存在はあるまい。JR各線に乗れるジャパン・レール・パス。習慣化した定時運転。充実した鉄道網。弁当の豊富さ。空調が効いた清潔な車内。四季折々の車窓風景。日本人にとっては当たり前のものであっても、外国人にとっては他国にない魅力として映るものは少なくない。車内で彼らは向かい合わせに座り、大きな声で話したり、車窓から富士山が見えるといっせいにスマホやカメラのシャッターを切ったりする。日本人のように座るとほぼ同時にブラインドを下げて居眠りを始めたり、ひたすらスマホの画面をのぞき込んだりしている客はあまりいない。オーバーツーリズムの弊害が叫ばれているのを気にする様子もなく、旅を満喫している空気がこちらにも伝わってくる。こうした光景を見ていると、かつての日本人もそうだったのではないかという気がし

天皇問答

天皇問答

奥泉光/原武史

河出書房新社/2025-01-07

明治・大正・昭和・平成・令和……今こそ問う、この国にとって天皇とは、皇室とは何なのか? しばしば天皇制を扱ってきた小説家と、天皇研究の第一人者が、対話を通じてその本質に迫る。

嘘だらけの日本中世史

嘘だらけの日本中世史

倉山満

扶桑社/2024-11-05

著者累計48万部突破! ベストセラー「嘘だらけシリーズ」の最新作は、 鎌倉、南北朝、室町、戦国時代の嘘を暴く! \世の中で信じられている通説たち/ ◉「いいはこ(1185)」つくろう鎌倉幕府 ◉三種の神器を持つ天皇が正統だ ◉鎌倉幕府が元に勝ったのは、たまたま神風が吹いたから ◉鎌倉幕府の求心力が弱まり、後醍醐天皇の蜂起は成功した ◉平清盛は、公家からも武家からも見捨てられ滅んだ ◉楠木正成は明治から戦前ではヒーローで、戦後では悪党 ◉足利義満に皇位簒奪の意図はなかった ◉応仁の乱で将軍の権力は地に墜ち、戦国時代が始まった ◉足利義昭が織田信長に京都を追放され、室町幕府は滅んだ 皇室史の立場からすると、古代史が「天皇家って何なの?」が主題であるならば、 中世史では「なぜ天皇家は続いたの?」との疑問に取り組むことになります。 古代の蘇我氏から現代に至るまで、 その気になれば皇室を潰すことのできる力を持った権力者は数知れず現れました。 しかし、なぜ誰も、皇室を潰すことができなかったのか? 実は武力を使って圧力をかけてくる権力者のあしらい方、皇室には奥義があるのです。 その奥義は、中世史を見れば明らかです。 ギリギリのところで本物の滅亡を回避した日本。 国を守るとはどういうことなのか、皆様に考えていただければと思います。 【構成】 序章 中世と現代を読み解く平安の論理 第一章 鎌倉時代 「幕府」は世界史の大発明 第二章 南北朝時代 正論が通らなくなる呪い 第三章 室町時代 なぜ天皇家は続いたのか 第四章 戦国時代 なぜ武力で皇室を滅ぼせないのか 終章 後醍醐天皇が大日本帝国を滅ぼした

象徴天皇の実像 「昭和天皇拝謁記」を読む

象徴天皇の実像 「昭和天皇拝謁記」を読む

原武史

岩波書店/2024-10-25

昭和天皇と側近たちとの詳細なやり取りを記録した「昭和天皇拝謁記」.貴重な史料からは,政局や社会情勢,戦争やについて饒舌に語る昭和天皇の等身大の姿が浮かび上がる.歴史上はじめて象徴天皇となった人物の言動とは,いったいどのようなものだったのか.私たちにとって「象徴」とは何なのか.第一人者による天皇論.

女たちの平安後期ー紫式部から源平までの200年

女たちの平安後期ー紫式部から源平までの200年

榎村寛之

中央公論新社/2024-10-21

平安後期、天皇を超える絶対権力者として上皇が院政をしき、それを支える中級貴族や源氏・平家などの軍事貴族、乳母が権力を持つようになる。そのなかで巨大な権力を得た女院たちが登場、莫大な財産は源平合戦のきっかけを作り、武士の世へと移って行く。紫式部が『源氏物語』で予言し、中宮彰子が行き着いた女院権力とは? 「女人入眼の日本国(政治の決定権は女にある)」とまで言われた平安後期の実像がいま明かされる。 ■目次■ はじめに 平安時代後期二〇〇年の年表 序章 平安後期二〇〇年の女人たちとは   武人貴族と日本中を走り回る人々、そしてその妻たち   乱立する権門ーー政治・権力の多チャンネル化、忖度とロビー外交の時代   「女人入眼の日本国」ーー平安後期を生きる女性権力者の新しい道   『百人一首』の女流歌人たちのスポンサーが女院たちだった   紫式部の描いた「女院」の予言ーー『源氏物語』のもう一つの〈サクセスストーリー〉 第一章 寛仁三年に起こった大事件ーー〈刀伊の入寇〉   刀伊の襲来   〈刀伊入寇〉と「暴れん坊」藤原隆家   〈刀伊の入寇〉についての太政官会議   刀伊の攻撃を防いだ者は   〈刀伊の入寇〉と『源氏物語』と現地の女性たち 第二章 彰子が宮廷のトップに立つまで   『源氏物語』のころの彰子   一条天皇亡き後の彰子   彰子、道長を任命する   望月の歌と三人の后   そして彰子がトップに立つ   上東門院をめぐるある事件    第三章 道長の孫、禎子内親王が摂関政治を終わらせた   三条天皇皇女、禎子内親王   姉たちとの格差   道長の野望と新たな計画   禎子内親王の結婚と摂関家   藤原頼通とその妻、隆姫女王の動向ーー具平親王の子供たち   藤原嫄子、入内する   具平親王家を継いだ人   禎子内親王の自立と藤原能信   藤原頼通と斎王と伊勢神宮   斎王良子をいじめたのは誰だ   我慢する禎子の切り札とは   禎子、勝利の時    第四章 貴族と武者と女房とーー〈斎王密通事件〉と武士   斎王を襲った武者   平致光と平致頼   九州の海の武者と平致光   武人貴族が社会のスキマを埋めていく   「朝家の守護」、源頼光と渡辺綱の関係   清原致信殺害事件とその立ち位置   歌人としての武者と女房たちーー相模の立ち位置   そして、斎王を襲った男ふたたび    第五章 躍動する『新猿楽記』の女たち   『新猿楽記』に見える芸人たち   「あるある下級貴族」の日常コント   どんどん個性的になる女性たち   たくましい女性たちが語るもの    第六章 院政期の中心には女院がいた   「行き当たりばったり」白河天皇と母と妃と皇子たち   未婚女院第一号、郁芳門院ーー白河天皇の暴走1   未婚の高位内親王ーー白河院の暴走2   閑院流の姫、待賢門院と白河院ーー白河院の暴走3   藤原親子と六条藤家ーー「天皇の乳母」の力1   藤原光子と「夜の関白」ーー「天皇の乳母」の力2   鳥羽院と「九尾の狐」にされた傍流藤原氏の美福門院   女院の熊野詣    第七章 源平の合戦前夜を仕切った女性たち   奥州合戦と安倍氏と藤原経清の妻   〈保元・平治の乱〉と女性たち   源義家から平忠盛へ   祇園女御という謎   平滋子と平時子ーー「平氏」から「平家」を生み出した女性たち   フィクサー藤原成親と女性たち    第八章 多様化する女院と皇后、そして斎王たち   女院が歴史に埋もれたのはなぜか   二条天皇と育ての親、美福門院   二代の后になった若き太皇太后多子   六条天皇准母藤原育子、外戚のいない天皇の母として   悲劇の女院、建礼門院徳子、そして斎宮・斎院をめぐる変化    第九章 究極のお嬢様ーー八条院ショウ子内親王と源平合戦   いきなり女院の八条院   八条院の財産と武力   八条院と源平合戦   女院と結びつく清和源氏   「女人入眼の日本国」の裏で   もう一度八条院に戻って見えてくること   八条院たちが残した華麗な文化   八条院領の終わり 第十章 それからーー鎌倉時代以後の女性の力   『百人一首』の語る平安時代の折り返し点   消された定子皇后   女性は家長になれない時代   しかし女性家長はいた   それでも女院には力があった   斎宮は物語の中へ おわりに あとがき 主要参考文献 付録 歴史を描いた女たち(『栄花物語』一口紹介)

アマテラスの正体(新潮新書)

アマテラスの正体(新潮新書)

関裕二

新潮社/2024-09-19

天皇家の祖神、天照大神(アマテラス)は伊勢神宮に祀られている。だが近世以前、歴代天皇がほとんど誰も参拝していないのは、一体なぜなのか。実は、アマテラスは宮中に祀られていたのだが、崇神天皇の時代、もう一柱の神とともに、そこから出された。その神の名は日本大国魂神。これまで注目されなかったこの神に光を当てることで、アマテラスの本当の姿が浮かび上がるーー。古代史研究の鬼才が、最大の謎に迫る。

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