#陸軍 の新書一覧

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陸軍中野学校のDNA - 国家情報局創設前に知っておきたい -

陸軍中野学校のDNA - 国家情報局創設前に知っておきたい -

福山隆

ワニブックス/2026-04-08

2026年2月20日、衆院選後の施政方針演説で高市総理が明らかにした「国家情報局」の設置。いわゆるインテリジェンス機関である。敗戦後、司令塔のないまま80年以上も漂流していた日本のインテリジェンスに、待望の組織が設けられることになる。敗戦後事実上途絶えていた日本のインテリジェンス機能を効率よく復活させるには、歴史と伝統を見直す必要がある。日露戦争を勝利に導いた明石元二郎をはじめ、先の大戦で的確なインテリジェンス戦を展開し、世界的に高く評価されている陸軍中野学校の卒業生たち。彼らの思想と行動にこそ把握すべきエッセンスがある。なかでも、諜報と防諜(カウンターインテリジェンス)の思想と実践は、国家情報局が機能するための基盤となり得るーー防衛駐在官として情報の世界に身を置いた著者が、懇切丁寧に解説する。 【著者プロフィール】 福山隆(ふくやま・たかし) 元陸将。昭和22(1947)年、長崎県生まれ。防衛大学校卒業後、陸上自衛隊に入隊。平成2(1990)年、外務省に出向。その後、大韓民国防衛駐在官として朝鮮半島のインテリジェンスに関わる。平成7年、連隊長として地下鉄サリン事件の除染作戦を指揮。九州補給処処長時には九州の防衛を担当する西部方面隊の兵站を担った。その後、西部方面総監部幕僚長・陸将で平成17年に退官。ハーバード大学アジアセンター上級客員研究員を経て、現在は執筆・講演活動を続けている。 おもな著書に、『兵站』(扶桑社新書)、『防衛駐在官という任務』『トランプ帝国の「ネオ・パクス・アメリカーナ」』(ともにワニブックスPLUS新書)がある。 発行:ワニ・プラス 発売:ワニブックス

帝国陸軍ーデモクラシーとの相剋

帝国陸軍ーデモクラシーとの相剋

高杉洋平

中央公論新社/2025-07-23

陰湿、粗暴、狂信的……と語られてきた大日本帝国陸軍。 しかし実際には、建軍当初から、国際的視野を持つ開明的な将校などは多く存在していた。一九四五年の解体までの七十余年で、何が変化したのかーー。 本書は、日露戦争勝利の栄光、大正デモクラシーと軍縮、激しい派閥抗争、急速な政治化の果ての破滅まで、軍と社会が影響を与え合った軌跡を描く。 陸軍という組織を通し、日本の政軍関係を照らす、もう一つの近現代史。 目次 はしがき 第1章 栄光からの転落 第2章 第一次世界大戦の衝撃 第3章 ポスト大戦型陸軍への挑戦 第4章 「大正陸軍」の隘路 第5章 「昭和陸軍」への変貌 第6章 陸軍派閥抗争 第7章 政治干渉の時代 第8章 日中戦争から対米開戦へ 終 章 歴史と誤り あとがき 主要参考文献 関連年表

陸軍作戦部長 田中新一 なぜ参謀は対米開戦を叫んだのか?

陸軍作戦部長 田中新一 なぜ参謀は対米開戦を叫んだのか?

川田稔

文藝春秋/2025-01-17

対米戦争を決した男は何を考えていたのか? 田中は陸軍の中でも最も強硬に日米開戦を主張した人物です。参謀本部作戦部長という重要なポジションにあって、作戦立案の中心を担った田中は、国策決定上、大きな発言力を持ちました。 なぜ圧倒的な国力差のある米国と戦わなければならないか。実はかなり開戦のギリギリまで、日本は、なんとか米国とは戦わない方法はないか、と検討を重ねています。しかし、田中は早くから米国との戦争を決意していました。 現代の眼からは田中が唱えた「日米開戦すべし(そしてソ連も)」との主張は理解しがたいでしょう。しかも田中は同時にソ連とも戦うべきだ、と主張します。無理に決まっています(実際、陸軍も無理だと判断しました)。しかし田中は陸軍の頭脳ともいうべき参謀本部の、しかも作戦担当のトップだったのです。彼の対米開戦論は、参謀本部に結集した情報に基づき、彼なりのロジックで組み立てられたものでした。その論理とは何だったのか。 参謀は、いかに勝利への答えが出ない状況でも、何か無理やりにでも、「これなら勝てる(可能性がないわけではないかも)」みたいなプランを出し続けなくてはなりません。田中はその仕事にきわめて精力的に取り組みました(その結果、日本を敗戦に導きます)。 戦争の途中で、田中は軍務局長をぶん殴り、東条英機首相に「馬鹿者共」を罵声を投げつけて、ビルマに飛ばされてしまいますが、田中がいなくなると陸軍にはもう、「これなら勝てる(以下略)」を絞り出せる人はいなくなってしまいます。そのあと2年半くらい、日本はずるずると犠牲を出し続けて、負けます。そういう本です。是非ご一読を。

軍務局長 武藤章

軍務局長 武藤章

岩井 秀一郎

祥伝社/2024-02-02

昭和陸軍を体現し、昭和史の鍵を握る男 武藤章は昭和陸軍のなかでも強い存在感を放っている。 2・26事件後に成立した広田弘毅内閣では組閣に介入、盧溝橋事件後は日中戦争を推進し、 近衛文麿の新体制運動に参画したが、日米間に暗雲が漂うと避戦に尽力。 開戦後は師団長、方面軍参謀長として戦闘に従事した。 戦後は東京裁判においてA級戦犯とされ、巣鴨拘置所で処刑された。 また、武藤が務めた軍務局長は昭和10年代、軍内外に強い政治力を発揮し、 時の政権をも左右するほどの権勢を誇った。昭和史の折々に登場する武藤、 その生涯を追うことで、昭和史と昭和陸軍を読み解く。 武藤家等への取材で得られた、貴重な証言および写真も掲載。 (以下、目次より) 第一章 煩悶ーー軍人に向いていない青年 第二章 派閥抗争 第三章 日中戦争 第四章 軍務局長(1) 新体制運動 第五章 軍務局長(2) 日米交渉 第六章 軍務局長(3) 開戦へ 第七章 師団長として 第八章 フィリピンの戦い 終 章 東京裁判、そして死

昭和史の明暗

昭和史の明暗

半藤 一利

PHP研究所/2023-12-19

それぞれの人生と同じように、 歴史にも、光と影があるーー 組織とは、本質的に非人間的なものだ。その中で人間であり続けようとするのは至難のことなのかもしれぬーー“歴史探偵”がとらえた歴史の光と影とは。 (目次より) 1 揺るがなかった意思:昭和天皇と二・二六事件 2 名誉と覚悟と責任と:昭和陸軍と阿南惟幾 3 人事の悲劇:日本海軍と堀悌吉 4 在りし日の栄光の結末:連合艦隊と参謀・神重徳 5 国破れて「駆逐艦」あり:太平洋戦争と「雪風」 (主な項目) ◆鎮圧を督促し続ける天皇、頬かぶりを続ける侍従武官長 ◆断乎鎮圧を命じる天皇の意思が、潮の満ちるかのように陸軍中央に浸透していった ◆陸軍大臣阿南惟幾は、なぜ「米内を斬れ」といったのか ◆原子爆弾投下とソ連参戦ーー行きつくところまで行きついた日本の運命 ◆理路整然たる弁と明快な文章力で艦隊派と渡り合った軍務局長時代の堀悌吉 ◆海軍の愚かなる“大手術”により、山梨勝之進大将ら逸材が去っていった ◆第一次ソロモン海戦における「殴り込み戦術」の作戦立案とその勲功 ◆戦艦大和の沖縄特攻ーー神参謀の牽引により作戦は発動された ◆海軍きっての劣等珍記録をもつネジリ鉢巻の大入道・寺内正道艦長 ◆戦場における人格とは、平時における講義や理論によって達得されるものではない ◆ガダルカナル島の争奪戦で、日本の駆逐艦は「猫のような虎」となって戦い抜いた ◆沖縄特攻、連合艦隊の潰滅、そして、「雪風」は帰投した

山県有朋

山県有朋

小林道彦

中央公論新社/2023-11-20

明治国家で圧倒的な政治権力を振るった山県有朋。陸軍卿・内相として徴兵制・地方自治制を導入し、体制安定に尽力。首相として民党と対峙し、時に提携し、日清戦争では第一軍司令官として、日露戦争では参謀総長として陸軍を指揮した。その間に、枢密院議長を務め、長州閥陸軍や山県系官僚閥を背景に、最有力の元老として長期にわたり日本政治を動かした。本書は、山県の生涯を通して、興隆する近代日本の光と影を描く。

武藤章 昭和陸軍最後の戦略家

武藤章 昭和陸軍最後の戦略家

川田稔

文藝春秋/2023-07-20

昭和陸軍キーパーソンの本格評伝 昭和の戦争に大きな影響を与えた武藤章。陸軍をリードしつつ対米戦反対という「つかみにくい」人物とされる。その思考を解き明かす。

牟田口廉也とインパール作戦〜日本陸軍「無責任の総和」を問う〜

牟田口廉也とインパール作戦〜日本陸軍「無責任の総和」を問う〜

関口高史

光文社/2022-07-12

約三万人の死者を出した、悪名高いインパール作戦。この敗け戦を指揮した陸軍中将・牟田口廉也はそれまで、「常勝将軍」と呼ばれていたーー。作戦はどのような経緯で実行され、なぜ失敗に至ったのか。「牟田口=悪」という単純な図式では理解できない、意思決定の構造がそこにはある。軍事史研究家が牟田口の生涯を追い、作戦の意思決定プロセスを川上から川下まで俯瞰することでインパール作戦の真の姿を明らかにする。

服部卓四郎と昭和陸軍

服部卓四郎と昭和陸軍

岩井秀一郎

PHP研究所/2022-06-16

ノモンハン事件、大東亜戦争開戦、ガダルカナル戦……。国家の命運を左右する参謀本部の中枢に居続けた作戦参謀「服部卓四郎」。戦時下では、参謀本部の田中新一や辻政信、そして東條英機や石原莞爾らとどのように関わっていたのか。帝国日本が敗戦への道を突き進んでいく過程で何が服部らエリートを突き動かしたのか。戦後はGHQに庇護される立場となり、『大東亜戦争全史』をまとめ上げたが、その胸中に去来した思いとは。そして、この男の生涯と折々の言動を丹念に追うことで見えてくる日本軍の失敗の根因とはーー。デビュー作『多田駿伝』(小学館)で第26回山本七平賞奨励賞を受賞した気鋭の著者による渾身の書き下ろし。 【目次】●序章 戦後史に消えた作戦参謀 ●第一章 エリートコース ●第二章 ノモンハンの蹉跌 ●第三章 大東亜戦争はじまる ●第四章 参謀本部作戦課長の「敗戦」 ●第五章 生き残った参謀ーー「服部卓四郎」の正体 ●終章 昭和陸軍の象徴として 【PHP研究所】

最後の参謀総長 梅津美治郎

最後の参謀総長 梅津美治郎

岩井 秀一郎

祥伝社/2021-12-01

昭和天皇を、歴史を動かした上奏 昭和19(1944)年7月、梅津美治郎は参謀総長に就任する。 それは昭和天皇の意思でもあった。 それだけ昭和天皇の信頼が篤かったのだ。 梅津は昭和20(1945)年6月に軍状を上奏、 その内容に衝撃を受けた昭和天皇は終戦を決意したと言われる。 陸軍大学を首席で卒業したエリートでありながら、 陸軍の後始末ばかりさせられた男の“最後の後始末”こそ、 ポツダム宣言および降伏文書調印に至る終戦への道である。 その足跡を追うことで、昭和陸軍と昭和史に新たな光をあてる。 梅津家への取材で得られた貴重な証言や写真も掲載。 最後の参謀総長・梅津美治郎の知られざる功績を追う。 (以下、目次) プロローグーー戦艦ミズーリにて 第一章 「軍人勅諭」の子 第二章 動乱の時代にーー第一の後始末、二・二六事件 第三章 国境の司令官ーー第二の後始末、ノモンハン事件 第四章 最後の参謀総長ーー最後の後始末、終戦 エピローグーー幽窓に暦日なし プロローグーー戦艦ミズーリにて 第一章 「軍人勅諭」の子 第二章 動乱の時代にーー第一の後始末、二・二六事件 第三章 国境の司令官ーー第二の後始末、ノモンハン事件  第四章 最後の参謀総長ーー最後の後始末、終戦 エピローグーー幽窓に暦日なし

昭和陸軍 七つの転換点

昭和陸軍 七つの転換点

川田 稔

祥伝社/2021-08-02

なぜ、日本は戦争へと突き進んだのか 陸軍は無策で無謀な日米戦争に突き進んだーー。 この見方を著者は否定する。陸軍は昭和に入ると変質し、一夕会・統制派が実権を握る。 彼らは第一次世界大戦後、次なる世界大戦が予想されるなか、それにともなう国家戦略を有していた。 しかし、それは刻一刻と変化する国際情勢に対応するなかで変容・転換を余儀なくされ、 徐々に日本の選択肢が狭まり、日米開戦に至った。 本書は、昭和戦前期の七つの事件や事例を取り上げ、その背後にある陸軍の思想・戦略を検討することで、 日米開戦に至る道筋を明らかにするものである。 みえてきたのは、今も変わらぬ地政学的条件に縛られた日本の姿であり、抗えない宿命ともいえるものだった。 (以下、目次) 第一章柳条湖事件ーー永田鉄山の戦略構想と一夕会 第二章五・一五事件ーー事前に計画を知っていた陸軍中央 第三章二・二六事件ーー昭和陸軍を動かした統制派の伸張 第四章盧溝橋事件ーー日中戦争は太平洋戦争の引き金ではない 第五章 「時局処理要綱」の策定ーー欧州大戦と武藤章の戦略構想 第六章日独伊三国同盟ーー対米戦争は望まず、されど…… 第七章南部仏印進駐ーー日米開戦の原因は関特演だった 終章聖断ーー昭和陸軍の終焉と日本の限界 第一章 柳条湖事件ーー永田鉄山の戦略構想と一夕会 第二章 五・一五事件ーー事前に計画を知っていた陸軍中央 第三章 二・二六事件ーー昭和陸軍を動かした統制派の伸張 第四章 盧溝橋事件ーー日中戦争は太平洋戦争の引き金ではない 第五章 「時局処理要綱」の策定ーー欧州大戦と武藤章の戦略構想  第六章 日独伊三国同盟ーー対米戦争は望まず、されど…… 第七章 南部仏印進駐ーー日米開戦の原因は関特演だった 終 章 聖断ーー昭和陸軍の終焉と日本の限界

経理から見た日本陸軍

経理から見た日本陸軍

本間正人

文藝春秋/2021-05-20

大組織・日本陸軍を裏側から支えた男たちの物語。 予算決定や兵器の調達、兵士たちの食生活、唯一の憩いであった酒への並々ならぬ執念や、お財布事情など、知られざるエピソードを紹介。

『陸軍分列行進曲』とふたつの『君が代』

『陸軍分列行進曲』とふたつの『君が代』

大山眞人

平凡社/2020-08-13

明治期、日本は外国人を頼ってまで軍歌や国歌を性急に必要とした。だがなぜ、敵性用語が禁止された太平洋戦争時代に作曲者の名前を伏せて使われ続けたのか。その真実に迫る。

永田鉄山と昭和陸軍

永田鉄山と昭和陸軍

岩井秀一郎

祥伝社/2020-04-03

昭和10年8月12日、陸軍省軍務局長室において、相沢三郎陸軍中佐に斬殺された永田鉄山陸軍少将。「永田の前に永田なく、永田の後に永田なし」とまで言われた昭和陸軍の逸材は、なぜ殺されたのか。永田が目指していたものは何か。そして、永田が生きていれば、日本は戦争への道を歩まずにすんだのかーー。これらの命題に、永田の人物と構想を繙きながら、相沢や皇道派にも触れつつ、迫っていく。永田家所蔵の初公開写真や遺族の声も掲載。はたして、戦争は止められたか?

なぜ必敗の戦争を始めたのか 陸軍エリート将校反省会議

なぜ必敗の戦争を始めたのか 陸軍エリート将校反省会議

文藝春秋/2019-02-20

陸軍将校による幻の座談会が蘇る。和平か開戦か。太平洋戦争開戦直前に陸軍は何を考えていたのか。中堅将校たちが明かした本音とは。雑誌『偕行』に掲載された「大東亜戦争の開戦の経緯」が初の書籍化。なぜ無謀といわれるアメリカとの戦争に突入したのか、陸軍中枢にいたエリートが真実を語り尽くす。昭和史の第一人者、半藤一利氏による書き下ろし解説付き。 【戦争の導火線に火をつけたのは陸軍か海軍か? 本書で議論される7つのテーマ】 ●ヒトラーと手を組みたがったのは誰か ●陸海軍の戦略観の違い ●想像を超えたアメリカの厳しい経済制裁 ●日本の国力のピークは昭和13年だった ●陸軍より強硬だった海軍の将校たち ●東条首相誕生の意味 ●アメリカとの戦争をどう終わらせようと考えていたか

帝国陸軍 知られざる地政学戦略

帝国陸軍 知られざる地政学戦略

関岡英之

祥伝社/2019-02-01

帝国陸軍 知られざる地政学戦略 見果てぬ「防共回廊」

十五歳の戦争 陸軍幼年学校「最後の生徒」

十五歳の戦争 陸軍幼年学校「最後の生徒」

西村京太郎

集英社/2017-08-09

昭和20年4月1日。少年・矢島喜八郎、のちの作家・西村京太郎は、エリート将校養成機関「東京陸軍幼年学校」に入学した。8月15日の敗戦までの、短くも濃密な4か月半。「天皇の軍隊」の実像に戸惑い、同級生の遺体を燃やしながら死生観を培い、「本土決戦で楯となれ」という命令に覚悟を決めたーー。戦時下の少年は何を見て、何を悟ったのか。そして、戦後の混乱をどのように生き抜いて作家となったのか。本書は、自身の来歴について、著者が初めて書き下ろした自伝的ノンフィクション。いまこそ傾聴したい、戦中派の貴重な証言である。【目次】第一章 十五歳の戦争/第二章 私の戦後ーー特に昭和二十年(前半は戦争、後半は平和だった時代)/第三章 日本人は戦争に向いていない/主要参考文献

日本陸軍とモンゴル 興安軍官学校の知られざる戦い

日本陸軍とモンゴル 興安軍官学校の知られざる戦い

楊海英

中央公論新社/2016-07-30

一九三〇年代に満洲の地で、日本陸軍が関与し、モンゴル人へ軍事教育を施す目的で作られた興安軍官学校。日本の野心と中国からの独立を目論むモンゴルの戦略が交錯する中から生まれた場所だ。本書は軍事力により民族自決をめざすモンゴル人ジョンジョールジャブや徳王らの活動、軍官学校生らが直面したノモンハン戦争から敗戦にいたる満蒙の動向などを描く。帝国日本に支援され、モンゴル草原を疾駆した人びとの物語。

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